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「国の誉れ」と書いて【コクヨ】

【コクヨ】と言えば、誰でも知っている文具メーカー。
その伝説・逸話は数知れず、あらゆる分野で語られていますので、いざこうして【コクヨ】について書こうとすると、はて?どうしたものか??となってしまいます。
いろんなうんちくは、皆さんに『コクヨ クロニクル』でも見てもらうとして、今回はちょっと別の話を・・・と思います。

【コクヨ】の旧社章

以下、コクヨクロニクルより抜粋です。

「1905年創業時のコクヨの社名は「黒田表紙店」。商標は、善太郎の名前からとって、○善(マルゼン)としました。これは、自ら製品に絶対の責任を負うという覚悟の現れでした。その後、1914年に「黒田国光堂」と改称し、17年には商標を「国誉」としました。この場合の「国」とは、善太郎の故郷、越中富山のこと。19歳のとき、家族、知人に見送られて郷里を後にしたときの「国の光、誉(ほまれ)になる」という初心を忘れないよう、自戒の念を込めて命名されたものでした。また、商標のデザインは、郷里だけでなく、日本の誉になるようにという意味から、国誉という文字に朝日と桜があしらわれました。昭和に入ってからは、漢字からカタカナ表記に変わりますが、基本的な図案は変わりませんでした。1961年には、株式会社黒田国光堂からコクヨ株式会社に社名変更、初めて社名と商標が一致することになりました。」



・・・全く頭の下がる思いでいっぱいです。

今の商標は、近未来的な英文字で、【KOKUYO】ですが、わたしなどは、あの角の部分が三角に切れている四角い【KOKUYO】マークが、一番なじみ深かったりします。。。と言うと歳がバレますね。

ちなみに旧商標が、残っている商品もあったりします。
やっぱりルーツに近いものだったりしますよね。


商品ページはこちら。

  • コクヨ 書簡箋 色紙判 ヒ-1

  • 商標もさることながら、枚数表示の『正七〇枚』っていうところも痺れポイントですから、お見逃し無く。
    昔は正しい枚数になっていないメーカーが多かったという名残りだそうですけど、今では考えられないですね。

    【コクヨ】黒田 打圭さんのこと

    2009年12月にお亡くなりになった名誉会長。黒田 打圭さん。創業者 黒田善太郎さんの子であり、現在の社長 黒田章裕さんの父親です。

    この方が今の大コクヨ帝国を築いたと言ってもいいのかと思いますが、この方の思い出話をひとつ。

    年に何度かある文具メーカーの展示会にISOTっていうものがあります。
    今も毎年、東京ビッグサイトでやっています。
    以前はこの各社が集まる展示会に【コクヨ】も大きなブースをいくつか出して参加していました。

    展示会には、メーカー・卸・小売店バイヤー・小売店員・エンドユーザーなど様々な方が来場するのですが、その会場のメインの入り口入ってすぐのところのど真ん中で、黒田会長が立っていました。
    手には数百枚の名刺を持って。。。

    展示会場に入ってくる人に、まるで路面のティッシュ配りのごとく、ご自身の名刺を配っていました。
    当然、私ももらったのですが、そのときは「いや〜、会長自ら宣伝しているなんて、凄いな〜。。。」なんて思いましたが、実はそれとは全然違う意図をもってのことでした。

    会長がある人に話をしているのが聞こえました。

    『自分の名刺を持って帰れば、みんな今日仕事したことになるでしょう。今日くらいゆっくり観ていってください。』

    なんとまあ、思慮深いというか、ただただ感動しました。
    これこそ顧客目線のサービスかと。。。

    【コクヨ】の(次の)ヨコク

    以降、コクヨさんとは仕事上、色々お付き合いの機会があり、例えば『会長と会長婦人とのお茶に同席。』なんて、今にして思えば、とんでもないこともありました。
    そんな、私の最大のコクヨ自慢話は、当時の会長の車の運転手さんの名刺をもらえたことでしょうか?とてもレアだと思い、今でも大切に保管してあります。

    【コクヨ】については、まだまだいろいろ話があるので、折を見てこのコラムでご紹介していこうと思います。


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